カテゴリ:町名シリーズ( 10 )

 

蔦町・穴水町

昭和通りの三社交差点をJR本線に向かうと蔦町があります。
f0079990_1042970.jpg

現在長土塀と呼ばれている。今村、村井、長一族の下屋敷があり、その土塀が両側に長く続いていたのでこの名が付いている。その中で能登の穴水町出身の長九郞左衛門の下屋敷があったところを穴水町と呼んでいる。
f0079990_10422146.jpg

二水高校の前身、県立金沢第一高等女学校があったところが現在の穴水町児童公園になっている。この公園も春桜がきれいです。
f0079990_10423310.jpg

(07/03/06)
[PR]

by puccini2006 | 2007-03-06 10:42 | 町名シリーズ  

袋町

昨日から袋町という町名が復活したというニュースで、どの辺なのか見てきました。ちょうど旧ダイエーの裏あたりがそれで、北国街道がここで曲がっている地点になるそうです。石碑はまだ除幕されていなく、画面左に袋町の住居表示板を貼っておきます。
f0079990_11211111.jpg

彦三緑地のアセビ
f0079990_11211825.jpg

尾山神社
f0079990_11212717.jpg

中村記念美術館
f0079990_11213716.jpg

(07/03/02)
[PR]

by puccini2006 | 2007-03-02 11:21 | 町名シリーズ  

百々女木町(どどめきちょう)

木曽坂を上っていくと左に川が流れています、上り詰めて左に曲がると宝円寺、右に行くと大学病院正門へ、この辺りを百々女木町と呼んでいたそうです。初めてだと何て呼んでいいのか分からない名前です。
f0079990_10565989.jpg

リュウキンカが早くも咲き出していました。
f0079990_10571016.jpg

「藩政時代、木曽谷に注ぎ込む川の流れが急で、高い音をたてていたところから、ここに架けられた橋をどどめき橋と呼びこの名が町名になったという。」石碑より
f0079990_10572173.jpg

(07/02/06)
[PR]

by puccini2006 | 2007-02-06 10:57 | 町名シリーズ  

長柄町(ながえまち)~思案橋~勘太郎川

長柄町は下菊橋から小立野へ向かう通りに面している。「藩政のころ参勤交代のときなどに長柄の槍を持つ人達が住んでいたのでこの名がついた」石碑より
f0079990_10285550.jpg

思案橋は本多の殿が裏邸に向かうときに「今晩は酒にしようかお茶にしようか」とこの橋の上で思案したからついた名前だそうです。
f0079990_1029423.jpg

思案橋の下に流れる勘太郎川は改修されて川底がコンクリートの川になっています。
f0079990_10291226.jpg

勘太郎川「辰巳用水の分流で、かつて石引町地内に勘太郎という人物が住んでいたことからこの名がついたといわれるが定かではない。旧百姓町などでは製紙製粉などの水車を回していた」石碑より
f0079990_10292136.jpg

(07/01/25)
[PR]

by puccini2006 | 2007-01-25 10:29 | 町名シリーズ  

母衣町(ほろまち)

はじめてこの町の漢字を見たとき、なんて読んでいいのか分からなかった町です。
f0079990_8245517.jpg

「母衣町は、藩政時代のはじめころ、母衣衆と称する武士の邸地があったので、この名が付いたという」石碑より
f0079990_8292877.jpg

母衣を背中につけている前田利家像。母衣は弓矢の攻撃から身を守った。
f0079990_8294152.jpg

彦三緑地。ツツジの時期は必ず訪れて見たい公園です。
f0079990_829599.jpg

(07/01/17)
[PR]

by puccini2006 | 2007-01-17 08:25 | 町名シリーズ  

観音町(かんのんまち)

金沢でも1月にこんな良い天気があるのかというほどの晴天です。東山周辺を散策し今日は観音町を取り上げます。
f0079990_11374157.jpg

「元和2年、観音院が卯辰山から移された時、観音院から浅野川大橋までの道を拡張し、この通りを観音町と称した。」石碑より
f0079990_11375049.jpg

この階段を上がると観音院があります。放射冷却現象で階段が凍り付いていて、手すりにつかまりながらおっかなびっくりに上っていきました。
f0079990_11375928.jpg

観音院から望む街並み。
f0079990_1138718.jpg

(07/01/15)
[PR]

by puccini2006 | 2007-01-15 11:38 | 町名シリーズ  

早道町(はやみちまち)

金沢市は戦災を受けていないので、軽自動車がやっと通れるような生活道路がたくさんあります。現在幸町と呼ばれているあたりをウォーキングしてきました。
f0079990_1020308.jpg

「藩政時代、藩の足軽飛脚が居住していた組地であった。飛脚のことを早道と呼んでいたのでこの名がついた」石碑より。この辺はあみだくじのように道路があるので、ここを通ると近道になるのでこのような名がついたのかと思っていました。
f0079990_10203861.jpg

藤岡作太郎の生家跡の碑。西田幾多郎、鈴木貞太郎(大拙)とならび「加賀の三太郎」と呼ばれていた国文学者。
f0079990_10205069.jpg

クロガネモチ
f0079990_1021435.jpg

(07/01/12)
[PR]

by puccini2006 | 2007-01-12 10:21 | 町名シリーズ  

宝船路町(ほうせんじまち)

都市計画路線富本~三口新線が開通し、昭和40年の町名変更で名前が消えていった中央通り沿線の町を歩いてみました。
f0079990_112885.jpg

猫とネズミの壮絶バトルのいわれがある「猫塚」がお寺の中にあるそうですが、今回は見つからなかった。
f0079990_112167.jpg

犀川大橋詰めにあった法船寺がこの地に引っ越してきて宝船路町になったようです。
f0079990_1122416.jpg

塩川町(しおかわちょう)「加賀藩士、塩川安左衛門の屋敷があったところなので、この名がつけられた」石碑より長町研修館付近。
f0079990_1123226.jpg

長門町。松田小児科付近。
f0079990_1124036.jpg

(07/01/11)
[PR]

by puccini2006 | 2007-01-11 11:02 | 町名シリーズ  

助九郎町(すけくろうまち)

天候も良くないし植物も冬眠中なので、Blog のネタがない(^^;; 昨年の「坂シリーズ」 にならって、「旧町名シリーズ」を取り上げようと思う。城下町ならではの旧町名が埋もれています、ウォーキングしながら訪ねてみましょう。写真は大蓮寺の裏通り。
f0079990_15595439.jpg

助九郎町は野町広小路を下って右手、現在の野町2丁目あたり。写真は野町広小路商店街のアーケード、旧市街の商店街がだんだんなくなっていくのもさびしい。
f0079990_160452.jpg

「藩政時代、本間助九郎または葛巻助九郎の邸宅があったのでこの名がついたという」石碑より
f0079990_1601559.jpg

神明の大ケヤキ
f0079990_1602659.jpg

(07/01/10)
[PR]

by puccini2006 | 2007-01-10 16:00 | 町名シリーズ  

飛梅町

加賀百万石のなごりを残す旧町名「飛梅町」が平成12年4月1日に復活した。前田対馬守長種にはじまる藩の老臣一万八千石前田氏の下屋敷があったところで、同家の家紋「角の内梅輪」にちなみ明治二年この名がつけられた。(石碑より)
f0079990_1134134.jpg

菅原道真の飛梅伝説で知られる太宰府天満宮から贈られた梅が、金沢市民俗文化財展示館の前庭に植えられている。
f0079990_1135322.jpg

まだつぼみは固く閉じています。
「東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしてとて春な忘れそ」
f0079990_114472.jpg

(06/02/28)
[PR]

by puccini2006 | 2006-02-28 11:03 | 町名シリーズ